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国際大学GLOCOM講師 伊藤将人 1968年、全国紙で初めて「Uターン」という言葉が登場する。以降、都市部への人口集中が加速する背景を受け、Uターンは社会的関心を集め始めるようになる。後年、「Iターン」という言葉も出現するが、もともと地域とのつながりがあり、地域のことを理解している点、地域のつながりを生かし、内と外の両方の視点で人と人を結びつける役割を担える点で、筆者はUターンに着目すべきと考える。また、これらUターンの特長は孫ターン者にもみられる。事例も踏まえながら、これらUターンや孫ターンの移住促進に向けて自治体が取り組むべき施策について考察する。
株式会社naco代表取締役 本間涼 15歳の夏、夏の甲子園予選に出場し、島一丸となって応援を受けた出来事が、筆者の人生を突き動かす原動力となっている。大学卒業後、東京で株式会社nacoを創業。その後2020年、佐渡に戻る。Uターンしたことで、佐渡の自然環境の豊かさや、地域コミュニティの暖かさに改めて気づくこととなる。翌21年、自然栽培の農業プロジェクト「イケベジ」を始動。牡蠣殻や酒粕、竹材など島内の未利用資源を活用した米作りや、佐渡で実績のない品種の米「にこまる」の栽培に挑戦。これらが実を結び、25年には米・食味分鑑定コンクールで最高金賞を受賞した。
広島県立大崎海星高等学校魅力化コーディネーター 円光歩 筆者は小学校、中学校、高校と地元・大崎上島の学校に進学し、「やればできる」「動けば何かが変わる」という二つの価値観が育まれた。次は自分が島の子どもたちに関わる仕事をしたいと思い、大学院修了後島にUターンすることを決める。本稿では、2014年よりコーディネーターとして携わる大崎海星高校魅力化プロジェクトでの取り組みを紹介。高校を未就学児の遊び場として開放する「海星保育園」や長年親しまれてきた「大串おでん」の復活、釣り体験イベントの開催など、高校生の自主的な活動が地域を元気づけることにもつながっている。
Mitake合同会社代表 橋本賢太 本稿では、2017年に五島市にUターンし、現在は株式会社杣林の代表として島で林業に携わる大戸誠一郎氏を取材した。大戸氏は高校卒業後、島を離れていたが、祖父の通院をサポートすることを機に島に戻ることに。2018年に五島森林組合に入社し、現場で森を守る仕事の重要性を知ると同時に、島内に加工施設がないなどの厳しい現実に直面する。25年に独立し、現在は住宅地や道路沿いなどの木を対象とする特殊伐採や、市有林のカーボンクレジット創出事業に取り組んでいる。島の次世代にどんな森林を残すのか、大戸氏の想いを伺った。
本誌編集部 石川新 本稿では、鹿児島県・種子島でのUターン・孫ターン事例について紹介する。海のレジャーインストラクターを営む「Blue Peace種子島」代表の山下義巳氏は、祖父母が南種子町出身。山下氏は石垣島でノウハウを身に着けた後、種子島で開業。当初はダイビング一本だったが、現在はマングローブカヤックなど多角化している。種子島出身の寺田健夫氏は高校卒業後に東京でフランス料理の道に進んでいたが、実家からの呼びかけでUターン。以降30年以上島で、レストラン等の経営に携わる。2025年には島の特産品を素材に使ったクラフトチョコレートショップ「ショコラドエークラ」を開業した。木下勝氏は母校である種子島中央高校で、新設された「ミライデザイン科」にて、ドローンやモーションキャプチャーなど生徒たちにデジタル技術を教えている。
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